TOEIC、英検、英会話、英語の学習法紹介
TOEIC、英検、英会話、英語の学習法紹介
英会話ができるようになる。TOEICで高得点を取る。それは多くの人があこがれることです。
しかしその目標を達成できるのはほんの一部です。幸運にも自分は英会話ができると言えるようになりましたし、TOEIC935、英検1級を達成することができました。
英語、英会話の学習法、TOEICや英検の攻略法、英会話教材の選び方などを紹介いたします。
サンフランシスコ日記
こちらのコーナーでは2001/07/22〜2001/08/18間のサンフランシスコ付近にある ドミニカン大学ELSでの語学研修でのボクの日記を紹介していきます。更新が途中で止まってますが、PCに事故が起こり更新できなくなって以来、更新してません。申し訳ありません。

2001/07/22 Sanday

やっと大学の前期の授業も終わり、サンフランシスコへ旅立ちの時がやってきた。飛行機は15:20分発だったのだが、 成田エクスプレスが込んでいて、朝の便しかあいてなかったのでなんと10:00に空港についてしまった。本やで立ち読み したり、両替をしたりして時間をつぶして、いよいよ出発。

今回はシアトルでの経験を生かしていろいろ持ってきたぞ。変電機(アメリカは120Vだから、一応変電機があったほうがいい とTerryにしつこく言われたのでしぶしぶ買った。なんで1万もするんだ?しかも恐ろしく重く、でかい...)、 ノートパソコン、MDプレイヤー、MDの充電器、アンプスピーカー、耳栓などなど。

そして早速飛行機に搭乗。どうでもいいが席の番号が51Aだった。イチローやRジョンソンの背番号だったので何気に嬉しかった。 その席はすごく快適だった。飛行機に何回か乗った方はわかると思うが、俺の席は非常口がすぐ前にある席だったので、 らくらく足が伸ばせた。エコノミーだとホントに席と席の間が狭いからねぇ、普通は足が伸ばせないんだよね。

ここで新たに持ってきた耳栓クンが大活躍、おかげで飛行機の中ではぐっすり眠れました。2食ほど食事を 逃したらしいが、機内食ははっきりいってうまくないのでぜんぜんOK。

そしてサンフランシスコ国際空港に到着、よくわからないが着陸成功と同時に拍手している 女子高生の団体グループがいた。何事かとあたりを見回している乗客もいたが、まぁそんなことはどうでもいいですよね。

飛行機を出るとすんごく涼しかった。Tシャツのほかに上着が一枚必要だった。面倒な入国手続きを終えて、出迎え所に行こうとしたら 、Customs officer(関税を取り扱う人)に止められた、そして向こうでチェックを受けろと言われた。他の 人はチェックなど受けずにすいすい進んでいるのに...俺って密輸入者に見えるんでしょうか?しかも、なぜか 中国人用の検査所でチェックを受けさせられた。俺って中国人の密輸入者に見えるんでしょうか?

まぁ、そんなこんなで、出迎え所にいった。ELSの集合所に無事到着(ホントは15分ほど集合所を探しまわっていたけど...)。 あぁ、やっぱりって感じで日本人がうじゃうじゃ、しばらく待っていると、案内役のお姉さんがやってきた。 当然、英語を話すんだろうと思っていたら、そのお姉さんは関西なまりの日本語を話し出した。しかし、仕事の仲間とは 英語で話していた、まぁ英語も日本語も完璧だった(その人の英語が完璧かどうか判断できるほどボクは英語力はありませんが...)。 俺もこんぐらいはなせるようにならんといかんな。

しばらく歩いてからバスに乗り込んだ。ドミニカン大学はサンラファエルという、ちょっとサンフランシスコ からはなれているところにあるため、しばらく、バスの旅だ。サンラファエルとサンフランシスコは日本でいえば小田原と横浜ぐらいの関係だろうか (かなり適当)。案内役のお姉さんがいろいろと説明してくれた、 ゴールデンゲートブリッジを通ったが霧ですっぽり覆われていた。ひとつ気になったのが、案内はマイクを使っておこなわれたのだが、 そのお姉さんは多忙な人らしく、しょっちゅう電話がかかってくるのだ、そのたびにマイクを付けっぱなしで話すのでみんなに聞こえまくり。 そのお姉さんは全然気づいてなかったが...まぁいいリスニングの練習になったかな?

そうこうしているうちにドミニカン大学に到着、しかしこの大学はやたらと田舎っぽい大学である。校内を鹿がうろちょろしているのは かなりびっくりした。ホームステイ先が迎えに来るのをみんなで待っていると、次々と車でファミリーが迎えにきた。 待っている間、何人かの生徒と話していた。中でも小田さんはなかなか興味深い人だった。彼は筑波大の3年生で 専攻はPolitical Science(日本語ではなんていうんだろう?政治科学かな?)だそうだ。

そうこうしているうちに俺のホームステイ先のイヴォンヌがやってきた。荷物を車に載せて、車に乗り込んだ、 自己紹介や簡単な世間話をしているうちに家に到着、まぁなんというか変わった家である。まったくアメリカの家っぽくない。イヴォンヌは チリの出身なのでその影響だろう。疲れているだろと言われ、ホントに疲れていたので、軽く食事をして昼寝をした。

6時ごろ起きて、晩御飯を食べて、イヴォンヌと一緒に郵便局まで散歩をして、寝た。時差ぼけの影響もなく ぐっすり寝れた。

2001/07/23 Monday

朝起きて、朝食を食べ、イヴォンヌに車で学校までつれていてもらった。しかし、ホントにこの町は田舎である。

学校に到着し、昨日あった人々と再会した。小田さん、シンタロウ(埼玉に住む音楽が趣味の高校2年)、よし(テニス神奈川県ベスト8の慶應高校3年生)らと 登録書に書き込みをした。俺と小田さんで登録フォームの記入の仕方を友達に教えつつ何とかみんな記入を終えた。びっくりしたのが、ほとんど の日本人が俺より年下であったことだ、シアトルでは俺は1番年下だったんだけどな。

登録が終了したら、さっそくテスト開始、まず第1弾はインタビューテストだ。シアトルの経験上このテストのデキでほとんどクラスが決まると思われたので、 きっちり自分の力をアピールしといた。でも、経験上スピーキングは自分の状態や気分によって大きく変わるので、このテストだけで決まっちゃうのは かなりアンフェアな気がする。その後は筆記テストだ。構成は語彙・文法・語法・読解問題の4択形式のテストと、作文によるライティングテストの2つから構成されている。 びっくりしたことにシアトルとまったく同じ問題だった。ほとんどの人はライティング問題をやる時間がなく、4択問題にいっぱいいっぱいだった。

テストが終了すると、食事の時間だ。ドミニカン大学のカフェテリアで食べたのだが、かなりまずかった。しかも1食$5.50もするのだ、小田さんは安いと言っていたが、 俺は絶対高いと思う。でもあまりに田舎なので、周りにどこも食べ物を売っているところがないので、そのカフェテリアが独占状態なのだ。 だから、多少味が悪く、高くても客の数は減らないのだ。

そして、小田さんの家が歩いて2分のところにあると言っていたので、ちょっと見せてもらった、素晴らしい家で、なんとプール付きであった。ただ昼以外は寒くてとても 入れる状態ではないらしい。その後、大学内を案内してもらった。相当に狭い大学であることがわかった。

その帰りに小田さんとよしといっしょに買い物に出かけた。俺はビタミンCの錠剤(アメリカで取るのは当たり前。イヴォンヌはもっていたが、自分のを買えといわれたので)を買いにいった。 俺は無事ビタミン剤は買えた。そしてうろちょろしてたら小田さんがはぐれてしまったので、よしがベルトを買いたいというのでベルトを売ってそうな店に入った。 入り口付近にベルトコーナーらしきものがあったのでよしが見るというので俺は店内をうろちょろすることにした。ペットコーナーがあり、犬、猫、ウサギなどさまざまなコーナーがあった。 しかしこの店はえらいペットコーナーに力を入れている。店全体がペットコーナーなのだ。だいたい見回ったのでよしのいたところに戻った。彼はベルトの品定めをしていた。 俺もベルトを観察したが、妙なベルトを一杯売っていた。銀色のアクセサリー付きとか、トゲ付きとか、チェーン型のヤツとか...。アメリカ人は変な ベルトが好きなのかな?そしてほとんどのものが短いものが多かった。しかし明らかに短すぎるヤツも大量にあった。こんなのはウエストが30センチじゃないとまわらないんじゃない?子供用なのかな? よしがほとんど決めかかっていた時、俺は気づいた俺らは犬の首輪コーナーにいることを...。そうその店はペットショップだったのだ。よしは犬の首輪の品定めを真剣にしていたのであった。 犬を飼っていなのに...自分用に。

家に帰ってイヴォンヌが自然がいっぱいの山に散歩に連れて行ってくれた。そして就寝。

2001/07/24 Tuesday

今日からバス通学開始、シアトルと同様アメリカのバスはお釣りをくれない!!たとえ50ドル払おうと涼しい顔して「釣りはあげないよ」なんていうもんだからねぇ(別に俺が 50ドル払ったわけじゃないですよ)。アメリカは自動販売機も公衆電話もお釣りをくれない。ATMが24時間営業なので 自販機系の技術は進んでいるはずなんですがね。多分向こうでは自販機は釣りをださないものだという暗黙の了解がありそうです。これも文化の違いですね。

そして授業開始、教室に入ると不思議な目で見られ、「Are you a new student?」と聞かれた。あとでわかったのだがELSでいきなり109(一般課程では最上級クラス)に入るというのはかなり 珍しいらしい。というわけで、俺以外は全員顔見知りであって、ちょっとやりにくかった。今日はイントロダクションと言うことで変則時間割で1〜4時間目は文法、会話を勉強した。 午後はリーディング・ライティングの時間。物語や小説の書き方を勉強した。1人称手法と3人称手法の小説の違いを教えてもらった。特に1人称手法は面白かった。なぜかって、1人称手法では 主人公はすべて「I」で表現するのだが、その主人公は必ずしも人間とは限らないのだ。我がクラスでは犬だったり、ソファーだったりするのだ。

例えば最優秀作品に選ばれたやつだが「ある日私は中古家具屋にいた。そこへボブというかっこいい男がやってきた。私は胸のときめきを抑えられなかった。 ボブは私を家に私を彼のつれていってくれた。そして今彼は私の上に座っている。そう私はボブのソファーさんです。私とボブはとても楽しいひと時を過ごしていた...、あのくそ女(bitch)が 来るまでは...。その女はある日突然やってきた。私は最初あの女はどっかの押し売り業者だと思った。だけどなぜかボブの態度がおかしかった。彼は今までにないほど 嬉しそうだった。しばらく2人が会話をしたあと、その女は私を指差して言った。「何この気色悪いピンクのソファーは!!」。私は生まれたときから こういう色だ。人種...いや家具種差別はやめてくれ。「こんなの捨てて、新しいソファーかおーよー。」ヤツはそういった。私はボブが断ると確信していた。 私はボブを信頼していたし、私たちのそれまでの楽しいひと時は掛け替えのなく楽しいものであったからだ。しかし次の瞬間私は信じられない言葉を聞いた。 「うんそうだね。ボクもいままでこのソファーはどうかと思ってたんだ。」そして私とボブの関係は終わった。私は今、猛吹雪の中ごみ回収業者を待っている。」 細部は違うがこんな話だった。クラスは大爆笑。英語の奥深さを知ったのであった。ちなみに俺はバリーボンズにサンフランシスコ湾に 打ち込まれた野球ボールくんの話を書いた。

2001/07/25 Wednesday

今日もまたまたバス通学。シアトルの時もそうだったが、毎朝同じ運転手だ。その運転手は黒人の太ったおばちゃんでいつも一番前の席の客と世間話をしながら運転している。

日本では夏休みシーズンということで日本人が多い!!とくに女子高生軍団がうじゃうじゃしてた。別に彼女らはそう思っているわけじゃないんだろうが、 日本の雰囲気を作るのは止めてほしかった。俺はアメリカにいるんや。

今日から、選択科目コースがスタート。俺の時間割は1,2時間目がSSPといわれる109レベルの文法、リスニング、スピーキングのクラス。3時間目はイディオムクラス。4時間目は TOEFLクラス(3,4時間目は選択科目コース。上級クラスじゃないと選択コースはない)。そしてまずいカフェテリアで飯を食べて、午後5,6時間目はライティングとリーディングクラス。

1,2時間目の文法はすんごーく簡単であった。あらためて日本人は英語ができるなぁと思った。何しろ「The game excites me. It is an exciting game. I am excited.」なんていう 簡単な書き換え問題や能動態→受動態の書き換えなどである。ところがアブドラ(アラブ首長国連邦の友達)は全然わかってなかった。

3時間目のイディオムの教室はなんと...化学実験室!!実験用語を勉強するならいいけどさ。イディオムだぜ。懐かしい化学記号表をみながら...。でも内容はすごく良かった。先生はテリーという ちょっとおじいちゃんな先生だった。役に立つイディオムをわかりやすい形でいろいろ説明してくれし、スラングもいろいろ教えてもらった。

4時間目はTOEFLのクラス。アカデミックな単語を習得するためにこのクラスを選んだのだが、単に問題を解いていくクラスだったので あとで変更することにした。

昼は例によって小田さんやコウジ(高2のちょっとガキっぽい男、見た目はヤンキーだがけっこういいヤツ)、シンタロウ、よしたちとカフェテリアで食べた。やっぱりまずいぜ。 湘南工科大学附属高等学校や東工大の学食よりまずかった。でもここ以外食べるとこがないんだよね。

そして午後の授業では詞を書いた。英語で簡単な詞の書き方は「普通に文章を書いて、重要じゃない単語を消していくこと」だそうだ。

俺の詞はベスト3作品に選ばれた。題名は「警察官から逃げる日本の猫」。内容は「アメリカの猫は犬みたいに向こうから見知らぬ人に近づいてくる のに、日本の猫はまるで警察に見つかった犯罪者のように逃げ出してしまう。日本の都会は自然も少ないし、ストレスだらけの生活でそれが猫の態度の違いに影響している のではないか?」というものである。

そしてEmailチェックのため図書館にいった。パソコンはだいたい40台ぐらいあって。日本語が入っているOSが入っているパソコンは4台しかなかった。 それ以外のパソコンではアラブの文字や数学の記号に文字化けしてしまって読めなかった。

帰ろうとするとクラスメートののりか(俺の109のクラスメートの一人、今年高校を卒業してアメリカの大学に 入るためにELSで勉強中。とてもいい人でいろいろお世話になった。かなり高い英語力をもつ。)がやってきていろいろお話をした。そしてトランジットセンター(バスターミナル)まで一緒に帰ることになった。 ドミニカン大学前にバス停があるのだが、バスの本数が1時間に1、2本の上、最終バスが5時15分ごろなのでだいたいの場合街中にあるトランジットセンターまで歩かなければならない。

お互いの話(出身地とか、なんでここにきたのかとか)や世間話をしながら晩御飯を買うためユナイテッドに行った。普段は晩御飯はホストマザーが作ってくれることになっているのだが なんか用があるとかで、その日は作ってくれなかった。冷蔵庫にあるものは何でも食べていいといわれたが、アメリカのスーパーで ものを買って食べるという経験をしたかったのであえてスーパーで買ってみた。ピザが食べたかったので典可と一緒にピザを探し回ったがあまりうまそうなピザがないのであきらめて、 チキン、ポテト、サラダ、そしてウナギ巻きを買った。なぜウナギ巻きかっていうと別に日本食が恋しかったわけじゃない、ただ単にアメリカのすしはどんなもんかを試してみたかった。

買い物が終わって外に出るとなぜかコウジがいた。コウジは午前中で授業が終わったはずなのに、一人でユナイテッドの周りをうろついていた。 事情を聞いたところ、彼のホストファミリーはじいちゃんがひとりでいつもじいちゃんが学校に迎えにきてくれて、車で帰っていくそうなのだが、その日はじいちゃんがこれないので 自分で帰らなければならなかった。そこでルームメイトと一緒に帰ることになっていて、昼に待ち合わせしたらしいのだが、そいつが来なかったらしい。それでコウジは 帰り道をしらないので町をそいつを探しまわっていたらしい。

トランジットまで典可と一緒に行って、そこでそれぞれのバスに乗り込んで帰った。

帰って、ご飯を食べながらサンフランシスコジャイアンツの試合を見た。やっぱりボンズはすごかった。巨人の松井なんかの非じゃなかった。松井よりずっと厳しい攻めをされてボールばっかりしか投げてこない のだが、ストライクは見逃さずに打ち返すし、多少のボール球でもホームランにしてしまう。しかも松井と違ってレフト方向にもホームランを打てる。何しろ、ホームランの数がシングルヒットの2倍もあるんだから ...。ボンズが凡退する時はほとんどが外野フライか三振である。ボンズの打球は95パーセントはフライになる。

ユナイテッドのウナギ巻きはまあまあだった。ただひとつ変だなと思ったのが、日本では巻物というとご飯が中にあって外にのりがあるが、 そのウナギ巻きは逆であった。のりがご飯に巻かれていた。味は別に問題なかった。チキン、ポテト、サラダもうまかった。

2001/07/26 Thursday

今日もまた、バスで通学。またあのおばちゃんだった。何事もなく無事に学校に到着。またもやバス内は女子高生でうじゃうじゃ。

1,2時間目はまた簡単な文法や、教科書の単語を勉強して終わり。

3時間目はイディオムの時間。昨日はイントロダクションで今日から本番の授業ということでテキストが配られたが...。なんとそのテキストはEssential idioms in Englishという俺が持っているイディオムの本だった。 ただあまりその本は使ってなかったので、その本でよかった。テキストは学期末に回収されちゃうけど、俺は日本に持ってるから日本で復習できるからね。まぁまぁの本だと思っていたが、テリーの説明のおかげでとてもよくわかった。

4時間目は昨日のTOEFLからビジネスアンドTOEICコースに変更した。TOEICは何回も受けてるし、スコアもある程度とったので別に受けたくはなかったが、他にクラスもなかったし、ビジネス英語は興味があったので このコースにしてみた。単なるビジネス英語だったらサイコーだったんだけどね。なんかしらんが、またTOEICのテキストが俺が持っている本だった。名前はBrron's社から出ているHow to prepare for the TOEICというやつだ。 なんでかしらんが、俺はいろいろ本をもっているらしい。ただこの本ははっきりいってお薦めしません。はっきりいって問題が簡単すぎる。実際のTOEICはもっと難しいのでこれに慣れてしまうと、本番で戸惑ってしまうからだ。

昼、例によって小田さんたちとまずいカフェテリアで飯を食べた。このカフェテリアでは、入場時に金を払ってカフェテリア内に入り、そこから列にならび好きな食べ物を取っていく形式なのだが、実は金を払わなくても食べられたのだ。 というのは、俺は小田さんたちを探すために金を払わずカフェテリアに侵入した。見張りのレジ係はとてもやる気のない人でいつもボーとしているので俺は止められなかった。そのあと小田さんたちを発見し、食べ物を取って食事をしたのだが、俺は 金を払うのをすっかり忘れていた。そのことに気づいたのはもっと後のことだった。また、あとで気づいたことだが、かなりの人がただ食いをしていた。

食事の最中小田さんがUCバークレーに行きたいというので小田さん、シンタロウ、俺の3人で日曜日に行く計画を立てた。世間知らずといわれる俺はそれまでUCバークレーというのがどういう大学なのか知らなかったのだが、とても有名な大学らしい。 小田さんは大学院はUCバークレーに行きたいといっていた。ただやはり優秀な大学なので入るのはものすごい難しいらしい。

5,6時間目は、レイヴとよばれる、ある種の組織の記事を雑誌で読んだ。レイヴでは、さまざまな人が来て、麻薬をやりながら、夜通しダンスパーティーをやるのだ。しかし彼らは薬中(麻薬中毒者)ではなく、麻薬中毒にならない程度に麻薬を やり、少しハイな気分になって、ダンスを楽しむらしい。最初は良識のある人が集まったので、麻薬の適量を心得ていて、薬中になる人は出ず、警察の厄介になることはなく、ダンスを楽しんでいたのだが、噂が広がり、薬中の連中が安く薬を手に入れられる からと参加しはじめたのが原因で薬中がでて、警察の厄介になってしまった。それを解決すべく、レイヴのなかでプロの医者の資格のある人など高度な専門知識のある人で麻薬監視委員会を作り、薬中が出ないようにした。まぁ警察から言えば、「麻薬はちょっとでも やったら違反であり、それを取り締まるのはお前ら組織内部の監視委員会じゃなくて俺らの仕事だ!!」ということで激怒している。委員会から言わせれば、多少の麻薬は体にいいそうだ。まぁそれがアメリカでも問題になっているようだ。多少の麻薬が体にいいというのは 科学的に証明されているのかわからないが、もし証明されているとしたら、別にそういう組織があるのは俺はいいと思う、ただそれは自ら楽しみたい人が行くところであるべきだ。関係ない人を強引な勧誘や脅しで参加させてはならない(今のところしてないようだが)。

帰ってからは、フレンズとメジャーリーグを見ていた。フレンズはホントに面白い、再放送をやっていて、チャンドラーが停電の中でATMの中で閉じ込められる話などは最高だった。フレンズコーナーでより楽しむためにヴォキャブラリーノートを作ったのでこれを使いながら みなさんも楽しんでください!!レンタルビデオやDVDでお楽しみください。